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サロン日記

2022 / 01 / 17  05:46

時間と癒し、1.17から27年。

時間と癒しー被災者セラピストとして。

突然の悲劇を経験された方々の心が

少しでも慰められますように。

 

災難と幸せのすべてがつまった27年間を

振り返ってみると感じるのです。

どんなことがあっても

心は必ず癒されなければダメでしょうか?

 

1995年1月17日5時46分。

 

私は大学1年の終わりで、成人式の2日後。

深夜2時すぎまで机に向かい試験勉強をしていました。

机のうしろは、厚いコンクリートの壁で、

揺れがおさまり、勉強机をみにいくと

机と本棚はコンクリートの壁に押し潰されていました。

私は勉強をほどほどにやめて眠ったお陰で

命拾いしました。

5時46分には布団を被りうつ伏せで眠っていて、

地面がお腹を下から打ち付けるような

縦方向の揺れで目覚め、

目を開けることが出来ないまま、

揺れがおさまるのを待ちました。

何かが背中に倒れてきたけれど分かりません。

洋服タンスの引き出しが飛び出して、

ピアノは歩いたみたいに移動していました。

「テストはどうなるのかな」

なんてことが気になったのが不思議でした。

直後は情報が全く入らず、

世の中の状況がまるでわからなかったからです。

我が家の前の道は、家がくずれた瓦礫で塞がれました。

茫然となり熱を出してしまった弟

仕事の様子を見に出かけた父

家の中を片付ける母。

私はひとり黙々と、瓦礫を片付ける作業をしました。

1月の朝、手袋もせず抱えたコンクリートの塊は冷たくて

手がヒリヒリ痛かったことや

崩れた壁土の臭い。

27年前だとは思えません。

いまも目の前の出来事のように

あの日みたことそのままに

いつでもビデオのように再生されます。

病気に罹ることも 災害に遭うことと同じ気がします。

病は気から…とは言うけれど

すべての原因は自分にある、だの 

結果は自ら引き寄せる、だの

流行して久しいそんな美しい言葉たち。

出来事はすべて自分の気持ちや行い次第ですか。

幸せも不幸も自分が引き寄せているのですか。 

そんな残酷なこと、私はとても口に出来ません。

努力や責任の範囲から逸脱した経験

その人には何も落ち度がないのに

ある日突然おとずれる悲劇。

そういうものが存在することを目の当たりにしたら

モノは言いよう。キレイな言葉の数々は

気休めにもならない。すべて残酷です。

心や体にできた傷跡。

まだ生々しい傷口。

その人たちが味わってしまった苦痛。

時間の流れとたたかいながら 折り合いをつける。

人それぞれに感じる温度差があり

失ったものが戻ってくる人も、もう戻らない人もいる。

けれどひとつ確実に言えることは

災難に見舞われることで

人それぞれの生き様が強く現れて、

その時抱えている問題がより強く問題になり、

孤独はより孤独に感じられたり

孤独でないはずが、孤独に感じられたりするのです。

病気や事故 犯罪などの事件に巻き込まれること

身近な人の病、苦しみ、死、

そして自然災害。

これらについての時間の流れ方は

体の傷や怪我と似ている気がします。

傷跡を気にしない人もいれば

傷が治りきらない人もいて

また、順調にリハビリできずに

歩くための一歩が出ない人

怖くて動かせないまま時間が止まってしまう人

時間は確実に過ぎていて、

心に残された傷を治す特効薬などない

乗り越えたい人は乗り越えるし、

その時間の中で生きることで救われる人は

無理をして乗り越える必要はないと思う。

それはまるで、心の事故。

病気、怪我、事故、災害。

悲劇的な突然の経験は、

心にも事故を起こしてしまいます。

〈悲劇的で悲観的であること〉

〈消極的で嘆いており後悔していること〉

〈目を背けていること〉

すべて、その人たちそれぞれにとっての 安心できる

《心の避難生活》ではないでしょうか?

その密かな心の避難生活を

無理にやめる必要はありません。

苦しむことは悪い事ではないからです。

事故の後遺症が癒えるまで

痛いことや不便なこことと似ています。

悲劇から目を背けて生きている気がしても、

どうか自分を責めないで下さい。

心も体も、回復やリハビリが遅れたっていい

早く立ち直らなくちゃという焦りから

多くの人が 〈心の事故〉を通り越して

〈心の病気〉になってしまうということを

たくさんたくさん、目にしてきました。

何かといえば、震災が原因なのか、と。

まだ地震の話をしてる人がいるのか、と。

震災10年目ごろからよく耳にした言葉。

自分の中でそれらの言葉が

フッと力を抜いて聞き流せるようになり

傷ついてきた自分に直面できるようになったとき、

私は今の仕事の準備をはじめることが出来ました。

このショートエッセイは、アメーバブログに掲載した記事を加筆修正したものです。

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